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東京高等裁判所 昭和46年(ラ)403号 決定 1971年10月29日

抗告人

松本年保

相手方

株式会社古郡工務所

右代表者

古郡泰二

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人は、「原決定を取り消す。相手方は、抗告人に対し、別紙物件目録記載の土地につき、前橋地方法務局伊勢崎出張所昭和三九年九月二四日受付第七、六八〇号をもつて相手方のためになされた条件付所有権移転仮登記について、昭和四二年九月七日譲渡を登記原因とする附記登記の仮登記手続をせよ。」との裁判を求め、その抗告理由は、別紙記載のとおりである。

よつて審査するに、相手方のために別紙物件目録記載の農地(以下単に本件農地と略称する。)につき抗告人主張のごとき農地法五条の知事の許可を条件とする条件付所有権移転の仮登記が存在することは抗告人提出の疏明資料によつて明らかである。しかし、相手方が抗告人に対して右仮登記にかかる停止条件付所有権移転の権利(ないしは条件付所有権移転請求権)を譲渡したとの抗告人の主張事実については、抗告人はその疏明資料として昭和四二年九月七日付の売買仮契約書のほか、昭和四三年七月一九日付の念書と題する文書を提出し、これらの文書には抗告人の右主張を裏づけるかのごとき記載が存するけれども、これらの文書における作成名義人である相手方の署名ないし記名と押印が果して真正になされたものかどうかは右各文書自体からは明らかでなく、また右各文書における相手方の署名の筆跡や名下の印影が相手方の真正な署名筆跡や相手方の所有、使用している印影と同一である等の事実を疏明する資料等の提出もなく、その他右各文書の真正な成立を疏明する資料は全く見当らないから、これらの文書は抗告人の主張事実を疏明する資料とはなし難く、他に右主張事実を疏明するに足る資料は存在しない。そうだとすれば、抗告人の本件仮登記仮処分申請は、仮登記原因の存在についての疏明を欠き、認容しえないものといわなければならない。

のみならず、仮に抗告人提出の上記売買仮契約書および念書の成立につき疏明があつたとしても、本件仮登記仮処分申請は次のような理由によつて許されないと考える。すなわち、これらの疏明書類によつて疏明せられる事実関係は、抗告人と相手方が本件農地を含む土地につき知事の許可を条件とする売買契約を締結したこと、その後売買代金完済と引換に相手から抗告人に仮登記する旨の合意がなされたという事実のみであつて、これによれば、抗告人は相手方が本件農地の本登記上の所有名義人から知事の許可を条件としての所有権を取得すべき権利について確定的にその移転を受けたものとみることは困難であり抗告人は単にかかる権利移転の請求権を取得したにとどまると解するのが相当であるところ、かかる権利関係に基づいては、相手方の有する仮登記上の権利が確定的に移転した場合についてなされる権利移転の付記登記をなすことはできず、たかだか相手方の有する仮登記に付記して、さらに抗告人の有する相手方に対する右権利移転請求権保全のための仮登記をするほかはないと考えられるのであり、そうすると、このように不動産登記法二条二号の仮登記にかかる権利につきさらに同条同号による請求権保全のために二重の仮登記をすることが許されるかどうかを検討しなければならない。ところでこの問題は、単に不動産登記法二条の規定文言や登記技術上の可能性の点ばかりでなく、登記制度、特に仮登記制度の趣旨、目的や取引上の要請等の観点、すなわち仮登記による公示を認める実際上の必要がどこまであるか、他面これを許すことによつて登記面上の権利関係を徒らに複雑ならしめ、かつ、本登記による終局的な処理に至るまでの手続関係を著しくは煩雑化するおそれがないかどうか等の点をも考慮して決定せらるべきであるが、この観点に立つて考えると、一般に仮登記の上にさらに仮登記をなす場合の中でも、他の場合は別として、少なくとも不動産登記法二条二号の規定によつてなされた仮登記の上にさらに同条同号による仮登記をなすことについては、これを許すべからざるものと解するのが相当であると考える。何となれば、同法同条同号の仮登記は、登記の対象となる権利について確定的な変動を生じた場合についてのそれではなく、かかる権利について単に将来における取得の可能性を有するにすぎない者のために、このような可能的権利関係の存在を公示し、これに伴う一種の対抗力と登記上の順位保全の効力を付与してその利益の保護をはかつた例外的制度ともいうべきものであると解されるから、これを拡張して、右の不確定的な権利者からさらに第三者が条件付で権利の譲渡を受けたり、仮登記上の権利者の請求権とは別個の権利移転請求権を取得したというような登記対象たる権利そのものの取得について二重の不確定的要素をはらむ権利変動を生じた場合にまで前記規定による二重の仮登記を認めることは、法のほんらい所期するところを超えるものというべきであるのみならず、これを認めるときは、ただに当該特定の仮登記のみならず、他にも同様ないしは類似の登記原因による複数の仮登記を併列的に許さざるをえない結果ともなり、登記面上の権利関係を著しく複雑ならしめ、かつ、本登記による終局的処理に至る手続関係をも煩雑なものとし、関係者を混迷に陥れる可能性も少なしとせず、登記制度の趣旨、目的にも適合しないし他面一般的に言つてこのような不便を忍んでまで仮登記による保護を与えなければならない取引上のつよい要請があるとも考えられないからである。そうすると、本件仮登記仮処分申請はこの点においても却下をまぬかれない。

以上の次第で、被告人の本件申請を却下した原決定は結局において相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべく、主文のとおり決定する。

(中村治朗 鰍沢健三 鈴木重信)

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